FUTURIST’S VIEW|AI × VALUE
AIが知性や創造を増幅できるようになるほど、「何ができるか」より「何に価値を置くか」の方が重要になる。
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この記事は、SXSW Japanニュースレター「ROAD to SXSW」Vol.30で2025年7月9日に配信した内容をもとに再編集しています。
初開催のSXSW Londonで見たDemis Hassabis、Deepak Chopra、Wyclef Jeanという、まったく異なる3つのセッションから、AI時代に「価値」がどこへ移っていくのかを考えた記録です。
SXSW London 2025を振り返ったとき、私の中に強く残った3人がいました。
Google DeepMindのDemis Hassabis。
意識やウェルビーイングについて長く発信してきたDeepak Chopra。
そして、アーティストのWyclef Jean。
AI研究者、思想家・医師、ミュージシャン。
普通なら、同じ論点で並べる3人ではありません。
ところが、3つのセッションを続けて考えていくと、同じ問いが浮かんできました。
AIが多くの能力を増幅し、これまで人間にしかできないと思われていたことまで再現できるようになったとき、私たちは何を「価値」と呼ぶのだろう。
THREE QUESTIONS OF VALUE
知性|Demis Hassabis
AIがより良い判断をできるようになったとき、人間は何を判断し続けるのか。
内面|Deepak Chopra
情報や助言までAIが提供する時代に、人間の内側にある経験はどう扱われるのか。
文化|Wyclef Jean
創作物を再現できる時代に、再現できない文化的価値はどこに宿るのか。
AIが賢くなるほど、「判断すること」の価値が変わる
SXSW London初日の大きな注目を集めたのが、Google DeepMind CEOのDemis Hassabisでした。
AlphaGoを生み出し、AlphaFoldによるタンパク質構造予測への貢献で2024年のノーベル化学賞を受賞した人物です。
彼のセッションで語られていたのは、AIの能力そのものだけではありませんでした。
AIは科学研究を加速し、人間の能力を大きく増幅する。その可能性と同時に、これほど強力な技術をどう責任を持って社会へ導入するのかも議論されていました。
ここで私が考えたのは、AIが人間より優れた答えを出せる領域が増えたあと、何が起こるのかということです。
人間が判断する理由を、「人間の方が賢いから」と説明できなくなる場面が増えていく。
すると問題になるのは、能力ではありません。
誰が、その結果に責任を持つのか。
どの判断をAIへ渡し、どの判断を人間の側に残すのか。
AI導入の本当の設計対象は、モデルやツールだけではなく、判断権そのものになっていくのだと思います。
VALUE SHIFT 01
「正しい答えを出せること」から、
「何を誰が決めるか」へ。
AIが外側を補うほど、人間の「内側」が見えてくる
その数時間前には、Deepak Chopraのセッションを見ていました。
彼が扱っていたのは、科学とスピリチュアリティ、意識、身体、ウェルビーイングといった領域です。
もちろん、ここで語られる哲学的・スピリチュアルな主張を、そのまま科学的事実として受け取る必要はありません。
私が面白いと思ったのは、AIが急速に進化するカンファレンスの中で、同時に人間の内的経験そのものが議論の対象になっていたことでした。
AIは情報を探してくれる。
考えを整理してくれる。
助言をくれる。
さらに、対話を通じて感情的な支えに近い役割を持つこともあります。
Chopra自身も、自身の知識や思想をもとにしたAI twin / well-being advisorを展開していました。
そうなると逆に、不安、孤独、身体感覚、沈黙、意味、祈りのような、測定しにくい経験をどう考えるのかが気になります。
それらはAIによって解決すべき「問題」なのでしょうか。
それとも、解決せずに人間自身が経験することにも価値があるのでしょうか。
VALUE SHIFT 02
「問題を解決すること」から、
「経験することそのものの意味」へ。
再現できるものと、「生まれてしまったもの」は違う
そして、最も強く残ったのがWyclef Jeanの「Cultural Currency」というセッションでした。
彼は、AIを拒絶していたわけではありません。
むしろAIを強力なツールとして使いながらも、創作者がAIに従属してはいけない、という立場を非常に強い言葉で示していました。
AIは、音楽を作れます。
文章を書けます。
映像を作れます。
過去に存在した無数の表現のパターンから、新しい組み合わせを生成できます。
でも、そのことと文化が生まれることは、同じではありません。
文化とは、時間の圧縮です。
これはWyclef Jeanの言葉そのものではなく、彼のセッションを聞きながら私が考えたことです。
文化には、誰かの経験があります。
土地があります。
記憶、痛み、誇り、祝祭、抵抗、他者との関係があります。
それらが長い時間をかけて積み重なり、ある音や言葉や服装や振る舞いに圧縮される。
AIは、その表面に似たものを生成できるかもしれません。
けれど、再現できるものと、生まれてしまったものは違います。
この差こそ、AI時代に文化の価値を考えるうえで重要になるのではないかと思いました。
VALUE SHIFT 03
「作れること」から、
「どんな時間と文脈から生まれたか」へ。
AI時代、「希少になるもの」が変わる
3つのセッションは、まったく違う内容でした。
Demis Hassabisは、AIと知性。
Deepak Chopraは、人間の内面。
Wyclef Jeanは、創造と文化。
それでも、私には同じ方向を向いているように見えました。
テクノロジーによって大量に供給できるようになったものは、相対的に希少ではなくなります。
文章が大量に作れる。
画像が大量に作れる。
アイデアが大量に出せる。
分析や提案も大量に生成できる。
すると、価値はその隣へ移ります。
WHAT BECOMES SCARCE?
判断
答えを出す能力ではなく、何を決めるかを引き受けること。
経験
最適化されていない、人間が身体を通して経験する時間。
文脈
コピーできない土地、関係、歴史、コミュニティから生まれる意味。
AI時代に価値がなくなるのは、人間ではありません。
むしろ、これまで「価値」だと思っていたものの一部が大量供給されることで、別の人間的なものの希少性が見えてくるのだと思います。
企業にとっても、「何を効率化しないか」が戦略になる
これは文化やアートだけの話ではありません。
企業でも同じことが起こります。
効率化できる仕事は効率化される。
標準化できるものは標準化される。
再現できるノウハウは、より簡単にコピーされる。
そのとき、会社に残る価値は何でしょうか。
長く積み上げてきた顧客との関係。
なぜその事業をやっているのかという思想。
組織の中でしか通じない判断の癖。
失敗や成功を通じて形成された文化。
つまり、AI時代の企業戦略は「どこまでAI化できるか」だけでは終わりません。
何を効率化せず、何を時間をかけて育て続けるのか。
そこまで決める必要が出てくるのだと思います。
「価値の再定義」は、AIの外側で起きている
SXSW London 2025で私が見たのは、AIの未来だけではありませんでした。
AIが進化することによって、その周囲にあるものの意味が変わり始めていました。
知性。
判断。
内面。
創造。
文化。
AIがこれらをすべて奪う、という話ではありません。
むしろ、AIがそれらの一部を代替したり増幅したりすることで、これまで一括りにしていた「人間の価値」を、もっと細かく見直さなければならなくなる。
FUTURIST’S NOTE
AIが何をできるようになるかを見るだけでは、未来は見えない。
AIによって、何の価値が変わるのかを見る。
技術が増やすものを見ると同時に、その結果として希少になるものを見る。
SXSW London 2025で、私が持ち帰ったのはその視点でした。




