PERSPECTIVE|MAIKO MIYAGAWA

宮川 麻衣子|Maiko Miyagawa
Director of SXSW Japan
Futurist / SXSW Official Speaker
「SXSWを日本に持ってきたい」という話を、これまで何度も聞いてきました。
東京で。渋谷で。大阪で。SXSWのように街全体を使い、音楽やテクノロジー、映画、アート、ビジネスが混ざるイベントを日本でもできないか。
でも、長くSXSWを見ていると、だんだん別の問いが浮かんできます。SXSWというイベントを持ってくれば、本当にSXSWのようなものが生まれるのでしょうか。
ABOUT THIS ARTICLE
この記事は、2024年8月23日、大阪・中之島で開催された「MUSIC LOVES ART 2024 – MICUSRAT」のSESSION 02「関西で創造するクリエイティブ地域圏 〜SXSWを知ろう〜」でのパネルセッションをもとにしています。
登壇したのは、阪急阪神不動産の川端勇平さん、中之島まちみらい協議会/竹中工務店の岸田文夫さん、StudioENTREの山口哲一さん、SXSW Japanの宮川麻衣子。モデレーターはタイムアウト東京の伏谷博之さんです。
2026年9月、当時の書き起こしをあらためて読み返し、その後のSXSW London、SXSW Sydneyの動きも加えながら、「SXSWの完成形を日本へ持ってくること」と「SXSWのような文化が生まれる条件をつくること」の違いという視点から再構成しました。
SXSWを日本に持ってくれば、SXSWは生まれるのか?
この日のセッションは、「SXSWの成功事例を参考に、関西でクリエイティブな地域圏をつくれないか」という問いから始まりました。
SXSWは1987年にテキサス州オースティンで始まり、音楽から映画、テクノロジーへ領域を広げながら成長してきました。
ただ、現在の巨大なSXSWだけを見て、それを日本へ再現しようとすると、何か重要なものを見落としてしまいます。
01|SXSWは、最初から巨大フェスではなかった
山口哲一さんは、SXSWについてとても重要な話をしていました。
FROM THE SESSION
SXSWの本質は、勉強会とネットワーキングだった。
— 山口哲一さんの発言趣旨/MUSIC LOVES ART 2024 – MICUSRAT
地元の音楽関係者たちが、「どうすれば自分たちのアーティストをもっと世の中へ出せるだろう」と考え、人を集めた。その小さな必要性が出発点だった、という話です。
世界中から人が集まるからSXSWが生まれたのではなく、まずそこに「集まる必要のある人たち」がいた。現在の規模から始まりを逆算すると、この順番を見失いやすいのだと思います。
02|なぜ「SXSWを日本で」という話は実現しないのか
セッションの途中で、モデレーターの伏谷博之さんから私にこんな質問がありました。
「SXSWを東京に持ってくる、渋谷に持ってくるという話は昔から何度もあった。なぜ実現しないのでしょう?」
私は、「一度やってみたい」という相談はたくさんいただく、と答えました。
でも、SXSWは1987年から続いてきたイベントです。本当に別の場所でやるなら、1回の開催ではなく、10年、20年という時間で育てようとする人が必要になります。
当時の私は、参加費を払ってでも来たいと思えるコンテンツの厚みや、数千人規模のボランティア、毎年その期間を楽しみにしている地域の人たちの存在を例に挙げました。
SXSW JAPAN’S NOTE
イベントをつくることと、イベントが続いていく文化をつくることは、同じではありません。
03|「街全体が会場」は、道路を使うことではない
阪急阪神不動産の川端勇平さんは、この年の3月に実際にオースティンへSXSWを見に行っていました。
そこで印象に残ったこととして話していたのが、行政や警察、店舗、事業者、ボランティアまでが連携して、街全体でイベントを受け入れている姿でした。
SXSWを語るとき、「街全体が会場」という表現をよく使います。
でも、それは単に道路を封鎖したり、複数の建物でイベントを開催したりすることではありません。普段はイベント運営とは関係のない人まで、その数日間を自分たちの街の出来事として受け入れている。その状態まで含めて、「街全体」なのだと思います。
04|大阪には、すでに何度も「始まり」があった
中之島まちみらい協議会の岸田文夫さんの話も印象に残っています。
中之島では、水都大阪や大阪カンヴァスなど、街とアートを結びつける試みがすでに何度も行われてきました。大阪カンヴァスでは、中之島公園や道頓堀を含む街そのものを舞台に作品を展開した時期もありました。
それでも、岸田さんが挙げた課題は「続ける仕組み」でした。行政による事業が終わった後、それを民間へうまく引き継げなかった。
「何を始めるか」以上に、「誰が続けるのか」。
ここにも、SXSWとの大きな違いを考えるヒントがあります。
05|SXSWという「名前」を持ってくるだけではない
このセッションが開催された2024年、SXSWはオースティン以外の都市への展開を始めたところでした。
SXSW Sydneyは2023年にスタート。SXSW Londonも翌2025年に始まることが決まっていました。
当時私は、SydneyやLondonには、オースティンのSXSWへ長期的に参加し、自分たちの文化やクリエイティブを現地へ持ち込んできた蓄積がある、と話しました。
つまり、突然「SXSW」という看板だけを輸入したのではなく、まずオースティンとの関係をつくる時間があった、ということです。
06|そして2年後、SydneyとLondonは違う道を進んだ
この書き起こしを2026年に読み返すと、興味深い続きがあります。
SXSW Londonは2025年に東ロンドンで初開催され、2026年も開催。2027年の開催も発表されています。
一方、世界で最初のオースティン以外のSXSWとして2023年に始まったSXSW Sydneyは、2025年を最後に終了しました。ニューサウスウェールズ州政府も、レビューとイベントオーナーとの協議を経て、2026年と2027年は実施しない決定となったことを明らかにしています。
2026 UPDATE
SXSW London
2025年に初開催。2026年も開催され、2027年は5月24〜29日にShoreditchで開催予定。
SXSW Sydney
2023〜2025年の3年間開催。2026年以降は開催しないことが決定。
Sydneyは3年間で大きな経済効果や集客を生みました。それでも継続には至らなかった。
この結果だけで、何が成功で何が失敗だったのかを簡単に決めることはできません。ただ、少なくとも「SXSWという強いブランドを持ってくれば、その土地で自然に続いていく」わけではないことは、2024年当時よりもはっきり見えるようになりました。
07|必要なのは、「本気でやる人」
セッションの最後に、「関西で文化芸術が発展するために必要なこと」を一人ずつ答えました。
岸田さんの答えは、とてもシンプルでした。
「本気でやる人。」
「SXSWを参考にしてみよう」とシンポジウムを開くだけでは次にはつながらない。本当に自分がやるのだという人が必要で、その人が出てきたら周囲が応援すればいい。
SXSWの完成形を研究していたはずの議論が、最後には「一人の人間が始める」というところまで戻ってきたのが、私は面白いと思います。
「ロックスターを探す」
そして最後に私は、こう答えていました。
「ロックスターを探していく。」
音楽のロックスターだけではありません。テクノロジーでも、アートでも、街づくりでも、それまでのやり方に収まらず、何かを始めてしまう人。そういう人の周りには熱狂が生まれます。
2年前の書き起こしを読み返して、自分が最後にこの言葉を選んでいたことに、少し驚きました。
でも今なら、もう少し正確に言える気がします。
ロックスターとは、有名な人のことではない。
まだ誰も必要だと思っていないものを、「自分には必要だから」と始めてしまう人のことなのだと思います。
SXSWも、最初から世界的なフェスティバルをつくろうとして始まったわけではありません。
自分たちの音楽をもっと外へ届けたいと思った人たちがいて、必要だから人を集めた。それを続ける人がいて、そこへ別の人たちが加わっていった。
関西にSXSWを持ってくることよりも、関西から、まだ名前のない何かを始める人が出てくること。
SXSWから本当に学ぶとしたら、見るべきなのは完成したフェスティバルの形ではなく、そちらなのかもしれません。
NEXT STEP
では、なぜオースティンまで行くのか。
情報だけなら世界中から取得できる時代に、SXSWの現地へ行く意味をまとめています。
文:宮川麻衣子 / Director of SXSW Japan / Futurist
取材・構成:2024年8月23日「MUSIC LOVES ART 2024 – MICUSRAT」SESSION 02「関西で創造するクリエイティブ地域圏 〜SXSWを知ろう〜」
2026年9月 再構成



