なぜSXSWはオースティンで生まれたのか? 音楽とテックが交差する街の40年

なぜオースティン

PERSPECTIVE|AUSTIN × SXSW|1987—2026

初めてオースティンへ行った2012年、着くまでに1日半くらいかかりました。そこから14年、毎年のように通ってきた街は、いまや人口100万人を超えるテック都市になっています。でも、その歴史をあらためて遡ってみると、私がずっと見てきたSXSWの景色も少し違って見えてきました。

宮川麻衣子 Director of SXSW Japan / Futurist

宮川 麻衣子|Maiko Miyagawa

Director of SXSW Japan / Futurist
SXSWを2012年から継続して観測

初めてオースティンを歩いた2012年

乗り継ぎでいろいろトラブルがあって、とにかく「遠い街だな」というのが最初の印象でした。

乗り継ぎでいろいろトラブルがあって、とにかく「遠い街だな」というのが最初の印象でした。

西海岸にも東海岸にも行ったことがありましたが、それらの都市と比べると、オースティンはずっとコンパクトに感じました。

ところがSXSWが始まると、その小さな街が突然、お祭りのようになります。

6th Streetは人でぎゅうぎゅうになり、街中にある小さなベニューから音楽が聞こえてくる。夜になるとレーザーまで飛んでいる。

AUSTIN, 2012 / FIRST IMPRESSION

「これがカンファレンスなのかな?」

それまで私が知っていたビジネスカンファレンスとは、まったく違うものでした。

テキサスには少し保守的なイメージを持っていたのですが、オースティンに流れていた空気はむしろ自由でした。新しいテクノロジーだけでなく、それによって生まれる新しい考え方を持った人たちが世界中から集まっている。

そのすぐ隣では、昔からありそうな小さなライブベニューで、いろいろな音楽が鳴っていました。音楽がイベントのために用意されているというより、そもそも街に根を張っている感じがしたのを覚えています。

日本でいろいろ情報を読んでいても、SXSWが何なのかは、いまひとつ掴めていませんでした。行って、街を歩いてみて、ようやく「ああ、こういうことなのか」とわかった。

それから14年、私は毎年のようにこの街へ通っています。

その間にオースティンは大きく変わりました。2025年には人口が100万人を突破。U.S. Census Bureauの推計では1,002,632人となり、全米で12番目に人口の多い都市になっています(City of Austin「Austin Population Milestone: One Million and Counting」)。

いまでは「テック都市オースティン」という言葉にも、それほど違和感がありません。

私自身、ずっとSXSWを見てきたので、SXSWがあったからこの街にテクノロジーや新しいカルチャーが集まるようになった、とどこかで感じていた部分もありました。

でも今回、オースティンの歴史をあらためて遡ってみると、順番はそんなに単純ではありませんでした。

SXSWが生まれる16年前、「Technology City」が構想されていた

これは今回調べていて、私も面白かったところです。

SXSWが始まったのは1987年。その16年前の1971年、テキサス大学オースティン校のGeorge Kozmetskyは、すでにオースティンを「technology city」にするモデルをAustin Chamberや市のリーダーたちに提示していました(The University of Texas at Austin, IC² Institute「History」)。

まだDellもありません。もちろんSXSWもありません。

Kozmetskyが考えていたのは、大学、行政、企業をつなぎながら、科学やテクノロジーを軸に産業や起業家を育てていくことでした。

1977年には、その研究と実践の拠点となるIC² Instituteを設立。1989年にはAustin Technology Incubatorが始まります。UT AustinのIC² Instituteは、この頃から形成されていった仕組みを後に「Austin Model」と呼んでいます。

AUSTIN / EARLY TECH TIMELINE

1971

George KozmetskyがAustinを「technology city」にするモデルを提示

1977

IC² Institute設立

1984

Michael DellがオースティンでDellの前身となるPCビジネスを創業

1989

Austin Technology Incubator設立

つまり、いま目の前にある「テック都市オースティン」は、巨大なテック企業が最近移ってきたことで突然できた街ではありません。

少なくとも1970年代から、ここをテクノロジーと起業の街にしようと試してきた人たちがいました。

その頃、もう一つのオースティンには音楽があった

でも、同じ街にはもう一つ、まったく違う流れがありました。

音楽です。

1986年、地元メディア『The Austin Chronicle』のオフィスに集まった小さなグループが、エンターテインメントとメディアの未来について話し合っていました。

彼らが感じていたのは、オースティンには世界のどこにも負けない音楽やクリエイティブのコミュニティがあるのに、街の外からは十分に知られていない、ということでした。

だったら、世界の方をオースティンへ呼んでしまおう。

SXSW公式のHistoryを読むと、SXSWが生まれたときの発想はとてもシンプルです。翌1987年、最初のSouth By Southwestが開催されました。

150人くらいが来るだろうと予想していたところ、初日には700人が集まった。Music Festivalには177組のアーティストが出演しました。

1987 / THE BEGINNING

一方では「テクノロジーの街をつくろう」としていた人たちがいて、もう一方では「この街の音楽を世界とつなごう」としていた人たちがいた。

ここが私は面白いと思います。

最初から一つの都市計画として設計されていたわけではない。別々に動いていた二つの流れが、後になって同じ場所で交わっていきます。

1994年、音楽の祭典にFilmとInteractiveが入ってきた

SXSWは最初の7年間、音楽を中心に成長しました。

そこに大きな変化が起きたのが1994年です。

FilmとInteractiveが加わりました。当時はまだ「SXSW Film and Media Conference」という一つのイベントで、8つのパネルセッションと36人のスピーカー、2本のワールドプレミアから始まっています。翌1995年にはFilmとInteractiveがそれぞれ独立しました(SXSW「History of SXSW」)。

1995年のInteractiveのKeynoteを見ると、ミュージシャンのTodd Rundgrenと、ゲーム開発者のRichard Garriott。

すでに組み合わせが少し変です。

音楽のイベントに映画が入り、インターネットやゲームに関わる人たちが入り始める。

同じ頃、街の側でも大学、テクノロジー企業、起業家、音楽、映画、ゲームといったコミュニティが育っていました。

現在のSXSWを見ると、音楽・映画・テクノロジーが混ざっていることを「SXSWらしさ」として受け取ってしまいます。でも歴史を順番に見ていくと、最初からそうだったわけではない。

街にあったものが、少しずつSXSWの中でも出会い始めたように見えます。

そう考えると、2012年に見た景色も違って見える

SXSW2012の様子 - 6th Street(撮影:宮川麻衣子)
SXSW2012の様子 – 6th Street(撮影:宮川麻衣子)

ここで、私が初めて参加した2012年に戻ります。

この年のMusic Festivalには2,286組のアーティストが104のステージに出演していました。

一方、InteractiveではStartup Villageが始まり、Ray Kurzweil、Eric Ries、InstagramのKevin Systrom、PinterestのBen Silbermannなどが登壇。Music、Film、Interactiveの参加者が領域を越えて参加する「Convergence Programming」も正式に加わっています(SXSW公式History:2012)。

私はそんなことをよく知らないまま、初めてオースティンを歩いていました。

昼間は新しいテクノロジーやスタートアップの話をしている人たちがいて、夜になると街中の小さなベニューでライブが始まる。6th Streetは人で埋まっている。

当時は「テックカンファレンスなのに、どうしてこんなに音楽フェスみたいなんだろう」と思っていました。

でも、逆だったのかもしれません。

LOOKING BACK AT 2012

音楽がずっと根付いていた街に、テクノロジーや映画やスタートアップが入り込んできた。そのどれも消えずに同居している場所を、私は見ていた。

そう考えると、最初に感じた「これは何なんだろう」という違和感にも、少し説明がつきます。

14年間通っていると、街の方も変わっていった

2012年から毎年のように通っていると、SXSWを見に行っているつもりでも、同時に街の変化を見ることになります。

新しいホテルが建つ。企業が街中の建物を借り切って「House」をつくる。ブランドアクティベーションの規模が大きくなる。

スタートアップだけでなく、世界的な企業の経営者や研究者、政治家、映画監督、俳優、アーティストが同じ時期に街へ集まる。

そして、以前ならSXSWの展示で見ていたようなテクノロジーが、街の日常にも入ってきました。

2026年のオースティンでは、Waymoの自動運転車が街中を走っている光景も珍しいものではありません。

人口も、ついに100万人を超えました。

1971年にKozmetskyが「technology city」の構想を語った街と、2012年に私が初めて歩いた街と、2026年の街。

同じオースティンですが、重なっているものの量がずいぶん増えています。

そして2026年、SXSWから「中心」がなくなった

Austin Convention Center跡地
Austin Convention Center跡地

そんなオースティンで、2026年にはもう一つ面白いことが起きました。

長年SXSWの中心だったAustin Convention Centerが、建て替えのためなくなったのです。

既存の6ブロックの施設は2025年に解体され、新しいConvention Centerは2029年に再開する計画です。City of Austinは、建物自体のフットプリントを小さくしながら貸出可能面積を増やし、Downtownにより開かれた施設にする計画を進めています(City of Austin「Austin Convention Center Redevelopment」)。

Convention Centerが使えない2026年のSXSWでは、Innovation、Film & TV、MusicのClubhouseがつくられ、ホテルや劇場、ライブベニューなど、プログラムが街のあちこちへ分散しました。

さらにCongress Avenueでは、テキサス州議事堂へ向かう大通りを3ブロック使って「Congress Avenue Block Party」が開催されました。

道路にステージやDJブース、バー、企業の体験スペースが並ぶ。バッジを持っていない人も入れる。Rivianは道路上にテストコースまでつくっていました。

SXSW Japanの2026年公式レポートでは、このときの様子を「SXSWの中心地がコンベンションセンターからより街中へと移動した」ように感じた、と記録しています。

2026 / BACK TO THE CITY

40年かけて大きくなったSXSWが、Convention Centerを失ったことで、もう一度、街の中へ広がっていった。

これは、実際に歩いてみると少し不思議な感覚でした。

世界的なイベントになったはずなのに、街の道路やホテルやライブハウスがそのまま会場になっていく。

2012年に初めて来たときに感じた、あの雑然とした感じに少し戻ったようにも思えました。

街がSXSWなのか、SXSWが街の一部なのか

今回オースティンの歴史を遡ってみて、私の中で一番変わったのはここでした。

SXSWがオースティンをテック都市にした、と言い切ることはできません。

逆に、テック都市だったからSXSWが成功した、という順番でもありません。

1970年代からテクノロジーの街をつくろうとしていた人たちがいた。

音楽が鳴る場所とミュージシャンのコミュニティがあった。

そこへ大学、企業、起業家、映画、ゲーム、インターネットが加わり、1987年からSXSWもその時間の中に居続けた。

別々に始まったものが、40年近く同じ街に居続けるうちに、お互いの境目がだんだん曖昧になっていった。

AUSTIN × SXSW

街がSXSWの会場なのか、SXSWが街の一部なのか。その境目がよくわからない。たぶん、その状態を40年近くかけてつくってきたこと自体が、オースティンとSXSWの関係なのだと思います。

2012年に初めてオースティンへ来たとき、私は街を歩いてようやくSXSWがわかりました。

14年経って、Convention Centerがなくなった2026年のSXSWを歩いていたら、また少し最初の頃に戻ったような感覚がありました。

オースティンとSXSWは、この先もそれぞれ変わっていくでしょう。

2029年には新しいConvention Centerも完成する予定です。そのとき、SXSWがまた街の中でどんな形になっているのか。

それを見るのが、少し楽しみです。

SOURCES

SXSW — History of SXSW|1987年の創設、1994年のFilm / Interactive追加、2012年のShowcasing Artists、Startup Village、Convergence Programmingなど

The University of Texas at Austin, IC² Institute — History|George Kozmetsky、1971年のTechnology City構想、IC²、Austin Technology Incubator

City of Austin — Austin Population Milestone: One Million and Counting|U.S. Census Bureauによる2025年人口推計

City of Austin — Austin Convention Center Redevelopment|Convention Center再開発計画

SXSW Japan「SXSW2026 REPORT」|Convention Center不在、Clubhouse、Congress Avenue Block Partyなど2026年の現地観測

文:宮川麻衣子 / Director of SXSW Japan / Futurist
2026年9月公開