生きた神経細胞でコンピューターを動かす? Biological Computingの現在地

Biological Computing

SXSW TECH FRONTIER #02|次に仕事で聞く技術

生きた神経細胞をチップにつなぎ、ゲームに反応させる。研究室の実験から研究用装置「CL1」の発表まで進んだ、生体を利用する計算技術の現在地を紹介します。

「SXSW TECH FRONTIER」は、SXSWに登場した技術や、これから注目したい研究開発を取り上げ、その仕組みと現在地を紹介するシリーズです。研究室での実験から、試作、実証、実際の製品やサービスまで。何ができるようになり、何がまだ実現していないのかを、具体的な事例とともに追っていきます。

TECH GUIDE

Biological Computingとは?

Biological Computing(バイオロジカル・コンピューティング)は、生体の細胞や分子が持つ性質を情報処理に利用する技術の総称です。

その中でも、生きた神経細胞を電子回路と接続して計算に利用する「生体コンピューター」の研究が進んでいます。オーストラリアのCortical Labsが開発したCL1は、その具体例です。

Biological Computing

バイオロジカル・コンピューティング/生物学的コンピューティング

生体の細胞や分子などを情報処理に利用する技術領域です。

Cortical LabsのCL1は、培養神経細胞を電極付きチップに接続する方式です。三次元の脳オルガノイドを使うOrganoid Intelligenceとは、構造や研究課題が異なります。

一般的なコンピューターは電子回路で情報を処理します。神経細胞を使う研究では、刺激に応じて変化する細胞の活動をデジタル環境と結びつけます。

神経細胞は、どうやってゲームをプレイする?

2022年、Cortical Labsなどの研究チームは「DishBrain」という実験を学術誌『Neuron』に発表しました。

人間由来またはマウス由来の培養神経細胞を電極付きの装置に置き、ゲーム『Pong』と接続しました。ボールの位置を電気刺激として伝え、細胞の活動をパドルの動きに反映させる仕組みです。

研究チームは特定のフィードバック条件でゲーム上の成績指標が改善したと報告しています。ただし、神経細胞が人間のようにゲームを理解したことや、意識を持ったことを証明したわけではありません。

生体コンピューター「CL1」では、何ができるようになった?

2025年、Cortical Labsは培養神経細胞と電子回路を組み合わせた研究用システム「CL1」を発表しました。

細胞を維持する環境と刺激・記録の仕組みを装置にまとめ、ソフトウェアから細胞の反応を調べられるようにするものです。

研究基盤を製品として提供する段階に進んだ一方、一般的なPCやAIサーバーを置き換える汎用コンピューターとして実証されたわけではありません。

技術は今、どこまで進んでいる?

培養神経細胞をデジタル環境に接続し、電気的な入出力を通じて反応を観察することは、研究で実証されています。

2026年には『DOOM』に接続するデモンストレーションも紹介されました。ただし、デモの存在だけでは学習能力や従来のAIに対する性能上の優位性は判断できません。

生きた細胞の長期維持、細胞ごとのばらつき、実験の再現性、計算課題への適用などには課題が残ります。省エネルギー性についても、細胞を維持する装置全体を含めた比較が必要です。

SXSW VIEW

SXSWでは、「生きたコンピューター」がどう紹介された?

未来学者Amy WebbはSXSWの技術トレンド講演で、AI、センサー、バイオテクノロジーが結びつく「Living Intelligence」という枠組みを紹介しています。

SXSW 2025 SESSION

Amy Webb Launches 2025 Emerging Tech Trend Report

テーマ:emerging technology / Living Intelligence

2025年のSXSWセッションでWebbは、生きた神経細胞を利用するコンピューターを紹介しました。

SXSW 2026 SESSION

Amy Webb — Emerging Tech Trends

テーマ:emerging technology / Living Intelligence

2026年のSXSWでは、神経細胞を使ってゲーム『DOOM』を操作する実験も紹介されました。『Pong』より複雑なゲームに挑戦していますが、神経細胞がどの程度ゲームに対応できたのか、どれほど学習したのかについては、まだ慎重に見る必要があります。

Cortical Labsの研究は、神経細胞をゲームにつなぐ実験から、研究者が利用できる装置「CL1」の開発へと進んできました。今後は、ゲーム以外にどのような仕事を任せられるのか、従来のコンピューターと比べてどんな利点があるのかが注目されます。

宮川麻衣子 Maiko Miyagawa

宮川麻衣子

Futurist / SXSW Japan 代表

2012年よりSXSWに継続参加

Futurist Perspective

生きた神経細胞を計算に利用する研究がSXSWのステージで紹介されていて、SFな世界を思い浮かべました。

一方で、細胞がゲームの刺激に反応することで、もうコンピュータが人間の脳のように考えることと考えるのは早すぎると。

研究用の製品が登場した今こそ、どんな実験ができ、何がまだできないのかを確認したいところです。

技術の可能性と、実際に示された成果を分けて追うことが重要だと考えています。

SXSW TECH TIMELINE

生きた神経細胞を使う計算技術は、ここまで進んでいる

2022年

Cortical LabsなどがDishBrainによる『Pong』実験を『Neuron』に発表。

2024年3月

Amy WebbがSXSWで技術トレンド講演を実施。Cortical Labsへの言及は翌年の発言による情報で、原映像は要照合。

2025年3月

SXSWでAmy WebbがLiving Intelligenceを紹介。Cortical LabsがCL1を発表。

2026年3月

SXSWの講演で『DOOM』を使ったデモンストレーションに言及。定量評価は別途確認が必要。

2026年現在

培養神経細胞を使う研究用基盤は登場したが、汎用計算機としての実用性は未確立。