Physical AIとは? 病院と倉庫で働くロボットは、どこまで自律化したのか

TECH FRONTIER #03「Physical AI」

SXSW TECH FRONTIER #03|次に仕事で聞く技術

病院で物を運ぶMoxi、倉庫で働く二足歩行ロボットDigit。Physical AIは何を自律化でき、どんな作業がまだ難しいのか。SXSW 2025・2026の議論と実運用から見ていきます。

「SXSW TECH FRONTIER」は、SXSWに登場した技術や、これから注目したい研究開発を取り上げ、その仕組みと現在地を紹介するシリーズです。研究室での実験から、試作、実証、実際の製品やサービスまで。何ができるようになり、何がまだ実現していないのかを、具体的な事例とともに追っていきます。

TECH GUIDE

Physical AIとは?

Physical AI(フィジカルAI)とは、AIがカメラやセンサーを使って周囲の状況を把握し、自分で判断してロボットなどを動かす技術です。

例えば、ロボットに「棚の上にある箱を運んで」と指示したとします。箱がどこにあるかを見つけ、どう持ち上げるかを判断し、人や障害物を避けながら目的の場所まで運ぶ。こうした一連の動作をAIで実現しようとしています。

関連する言葉に、Embodied AI(エンボディドAI)があります。日本語では「身体性を持つAI」などと訳され、AIが身体を通じて周囲の環境と関わりながら学び、行動する仕組みを研究する分野です。Physical AIと重なる部分が多く、研究や企業の発表でも使い分けは必ずしも明確ではありません。

Physical AI

フィジカルAI/物理世界で行動するAI

環境を認識し、目的に応じた判断を機械の動作へつなげるAI技術。

Embodied AIは身体性と環境との相互作用を扱う研究文脈で使われます。VLAやWorld Modelsは、その実現に関わる技術です。

文章や画像を生成するAIと異なり、出力が現実の動作につながります。物を運ぶ場合には、位置の認識、経路の判断、把持や移動に加えて、人との接触を避ける制御も必要です。

病院で働くMoxi――看護師たちの移動の負担を減らす

病院では、薬や検体、医療用品などを院内の別の場所へ届ける仕事が日々発生します。こうした搬送業務を手伝っているのが、米国Diligent Roboticsのロボット「Moxi」です。

病院の廊下には、医師や看護師、患者、来訪者が行き交っています。Moxiは周囲の状況を確認しながら移動し、エレベーターなどの建物設備とも連携して物を届けます。

Diligent Roboticsによると、2025年10月までに25以上の病院で導入され、累計125万回を超える搬送を行いました。同社はさらに、周囲の環境を理解する能力を高めた次世代機「Moxi 2.0」の計画も発表しています。

すでに多くの搬送を担っているMoxiですが、すべての状況に自力で対応できるわけではありません。人が通路をふさいだときや、想定外の出来事が起きたときにどう対処するか。病院で安心して使い続けるには、こうした場面への対応も欠かせません。

倉庫で働くDigit――二足歩行ロボットが実際の仕事に就く

米国Agility Roboticsが開発した「Digit」は、二本の脚で歩き、腕を使って物を運ぶ人型ロボットです。

物流企業GXOは2024年、倉庫でDigitの商用運用を開始しました。Digitが担当するのは、荷物を入れる容器を持ち上げ、決められた場所へ移動させるといった作業です。

人間に似た姿をしていますが、現時点で倉庫の仕事を何でもこなせるわけではありません。まずは作業内容を限定し、既存の設備と連携させながら使われています。

Agility Roboticsは2026年9月、従来機「Digit 4」の累計稼働時間が6万5,000時間を超えたと発表しました。同時に、次世代機「Digit 5」も発表しています。ただし、Digit 5の一般提供は2027年末を予定しており、これまでの稼働実績は従来機によるものです。

人型ロボットが実際の職場で働き始めていることは確かです。一方、さまざまな仕事を柔軟にこなすには、まだ開発が必要です。

ロボットはどうやって行動を決めるのか

ロボットが自分で動くには、周囲を見て、指示を理解し、適切な動作を選ぶ必要があります。

そのための技術の一つが、VLA(Vision-Language-Action)です。

VLAは、カメラなどで得た画像と言葉による指示を組み合わせ、ロボットの動作につなげるAIモデルです。

Google DeepMindは2025年、この技術を使った「Gemini Robotics」を発表しました。同年9月には、作業の手順を考えるAIと、実際の動作を担うAIを組み合わせた「Gemini Robotics 1.5」を紹介しています。

例えば、「机の上を片付けて」と指示されたとき、何が置かれているかを確認し、どの順番で片付けるかを考え、一つずつ物を移動させる。こうした複数の判断と動作をつなげる研究が進んでいます。

もう一つ注目されているのが、World Models(世界モデル)です。

これは、周囲の状況や、自分が動いた結果として何が起こるかを予測するためのAIモデルです。例えば、ロボットが物を押したらどちらへ動くか、進もうとしている場所に障害物がないか、といった予測に関わります。

VLAとWorld Modelsは役割の異なる技術ですが、どちらもロボットが現実世界で行動する能力を高めるために研究されています。

SXSW 2026に登壇したDiligent RoboticsのHarjatin Bawejaも、こうした技術の研究に取り組んでいます。

何がまだ難しいのか

病院で物を運ぶMoxiや、倉庫で容器を移動させるDigitのように、ロボットが実際の仕事を担う事例はすでに生まれています。

ただし、現在のロボットは、使う場所や担当する仕事をある程度決めたうえで運用されるものが中心です。

例えば、初めて入った部屋で「散らかっている物を全部片付けて」と頼まれたらどうでしょうか。

そこには形も大きさも異なる物があり、壊れやすい物や、触ってはいけない物もあるかもしれません。何をどこへ片付けるべきかという判断も必要です。

さらに、人と同じ空間で働く以上、ぶつからないことや、途中で問題が起きても安全に停止・復旧できることが求められます。充電やメンテナンス、既存の設備との連携も必要です。

研究室のデモで一度成功することと、病院や倉庫で毎日、何千回も安定して働くことには大きな違いがあります。

Physical AIの進歩を見るときには、ロボットが何をできるようになったかに加えて、どんな場所で、どんな仕事を、どこまで自力でこなせるのかに注目すると、実用化の状況が見えてきます。

SXSW VIEW

SXSWでは、Physical AIがどう議論された?

SXSW 2025にはAmazon RoboticsのTye BradyがPhysical AIをテーマに登壇。2026年にはDiligent Robotics、Agility Robotics、Apptronikなどの関係者が、職場で働くロボットの課題を扱うパネルに登壇しました。

SXSW 2025 SESSION

From Cages to the Real World: The Dawn of Physical AI

登壇者:Tye Brady(Amazon Robotics)

SXSWでは、AIがコンピューターの画面を飛び出し、現実の世界で働くことへの関心が高まっています。

Amazonは、物流施設で長年ロボットを活用してきた企業です。従来の産業用ロボットは、安全柵で囲まれた場所や、あらかじめ決められた環境で動くものが中心でした。セッションのタイトルにある「From Cages to the Real World(檻の中から現実世界へ)」という言葉には、ロボットの活動範囲が、人と共有する空間へ広がっていくというテーマが表れています。

SXSW 2026 SESSION

Humanoid Robots Are Clocking In: Meet Who’s Putting Them To Work

登壇:Diligent Robotics、Agility Robotics、Apptronikほか

登壇したのは、病院向けロボットMoxiを開発するDiligent Robotics、物流施設でDigitを展開するAgility Robotics、人型ロボットApolloを開発するApptronikなどの関係者です。

「Clocking In」は、従業員が出勤して仕事を始めることを意味します。ロボットが実際の職場に入り、どんな仕事を任されているのか。2026年のセッションでは、そうした実用化の現場がテーマになりました。

病院や倉庫では、すでにロボットが人間と同じ空間で働き始めています。今後は、決められた作業を繰り返すだけでなく、環境の変化や初めての仕事にどこまで対応できるようになるのかが注目されます。

宮川麻衣子 Maiko Miyagawa

宮川麻衣子

Futurist / SXSW Japan 代表

2012年よりSXSWに継続参加

Futurist Perspective

人型ロボットの映像を見ると、つい「人間と同じことができるようになるのはいつだろう」と考えてしまいます。

でも、今回の事例で面白いのは、病院で物を運ぶ、倉庫で容器を移動させるといった、かなり具体的な仕事から導入が進んでいることです。

人間にとっては単純に見える仕事でも、ロボットには難しいことがたくさんあります。人が急に目の前を横切ることもあれば、いつもと違う場所に物が置かれていることもある。私たちは普段、そうした変化にほとんど意識せず対応しています。

Physical AIの研究を見ていると、人間が身体を使って日常的に行っている判断の複雑さにも気づかされます。

これからSXSWでロボットを見るときは、どれほど人間らしく動くかだけでなく、実際にどんな仕事を任され、どんな場面で人の助けが必要になるのかにも注目したいと思います。

SXSW TECH TIMELINE

Physical AIの実用化は、どこまで進んでいる?

2024年

GXOが物流施設でAgility RoboticsのDigitの商用運用を開始。

2025年3月

SXSWでAmazon RoboticsのTye BradyがPhysical AIをテーマに登壇。Google DeepMindがGemini Roboticsを発表。

2025年9月

Google DeepMindがGemini Robotics 1.5を発表。

2025年10月

Diligent RoboticsがMoxiの累計搬送実績と次世代機Moxi 2.0の計画を発表。

2026年3月

SXSWで「Humanoid Robots Are Clocking In」セッションを開催。

2026年9月

Agility RoboticsがDigit 5を発表。従来機の稼働実績と新機種の計画を区別する必要がある。