PERSPECTIVE|MAIKO MIYAGAWA

宮川 麻衣子|Maiko Miyagawa
Director of SXSW Japan / Futurist
もし、大切な人が亡くなった後も、その人と話せるとしたら。
声が残っている。写真も動画もある。何年分ものメールやメッセージがあり、SNSにはその人が書いた言葉が残っている。
そこからAIが、その人らしい言葉を返すこともできるようになってきました。
こういう技術を見ると、つい「死者をAIで蘇らせる未来」を想像してしまいます。
でもSXSWを遡ってみると、もっと大きく変わっているものがありました。
「死んだら、その人との関係は終わる」という前提です。
01|死んでも、データは死ななくなった
実はSXSWでは、かなり早い時期からこの問題が議論されています。
2013年のThe Tangled Web we Leave: Digital Life after Deathでは、亡くなった後にFacebookや写真、オンラインアカウントをどうするのか、デジタル遺産を誰が管理するのか、といった問題がすでに扱われていました。
この時点で起きていた変化はシンプルです。
人間は死ぬ。でも、その人が残したものは消えなくなった。
かつて遺されたものといえば、写真、手紙、持ち物などでした。
今は、検索履歴、メール、チャット、位置情報、SNSへの投稿、音声、動画まで、その人の行動や言葉が大量のデータとして残ります。
02|2016年には、すでに「故人をシミュレーションする」話があった
さらに驚いたのは2016年です。
How Digital Artifacts Help Us Process Deathでは、亡くなった人が残したSNS上の思考、写真、動画などの「digital artifacts」が、遺された人の悲嘆を和らげることもあれば、長引かせることもあると紹介されています。
そしてセッション概要には、残されたデータから故人の人工的なシミュレーションをつくり、生きている人とインタラクションできるようにする未来のデザインまで書かれています。
ChatGPTが登場する6年以上前です。
PREMISE SHIFT
「亡くなった人を思い出す」から、
「亡くなった人とインタラクションする」へ。
03|その一方で、「悲しみ」そのものも外へ出てきた
もう一つ、別の方向から起きている変化があります。
死別や悲嘆が、個人や家族の中だけに閉じたものではなくなっていることです。
2023年には#DeathTok: How Gen Z is Reimagining Grief and Lossというセッションが開催され、TikTokを通じて若い世代が死や悲嘆をどう語り直しているのかがテーマになりました。
2025年にはGrieving Out Loud: How Media is Revolutionizing Our Griefが開催されています。
このセッションが扱っていたのは、メディアが悲嘆をもっと率直に描くことで、これまでタブーになりやすかった経験を社会の中で語れるものにしていくことでした。
「悲しみを乗り越えて元に戻る」というより、悲しみを抱えたまま人とつながり、生活を続ける。そのためのメディアやコミュニティが生まれています。
04|「悲嘆を支えること」がInnovationになった
私がさらに面白いと思ったのは、2025年のSXSW Innovation Awardsです。
SXSW Innovation Awards Finalist Showcaseの「Connection & Communication」部門には、子どもの悲嘆を支える非営利団体Experience CampsによるGRIEF SUCKSがファイナリストとして選ばれています。
ここには、AIもロボットもありません。
それでも「Connection & Communication」のInnovationとして扱われている。
ここで「Grief Tech」という言葉を、少し広く捉えた方がいいのではないかと思いました。
グリーフテックは、「死者AI」のことではない
「Grief Tech」と聞くと、亡くなった人をAIで再現するサービスを想像しやすいと思います。
でもSXSWで起きていることを並べてみると、それだけではかなり狭い。
GRIEF TECH
故人が残したデータ。
デジタルメモリアル。
AIによる人格の再現。
悲嘆を語るSNSやメディア。
同じ経験をした人と出会うコミュニティ。
死や喪失を扱う新しい儀式。
どれも、死そのものをなくす技術ではありません。喪失した後、人がどう生き続けるかを支える仕組みです。
05|失うのは、人だけではない
そしてSXSWでは、「grief」という言葉自体も広がっています。
2025年のFuturist Juli RushによるWhen The Future Dies: Putting Endings In Our Beginningsは、「未来が死ぬ」という面白い言い方をしています。
失うのは人だけではありません。
思い描いていたキャリア。家族のかたち。住んでいた街。身体の能力。信じていた未来。
未来が想像していたものと違うものになったときにも、人は小さな喪失を経験する。
Rushは2026年にもWhen the Future Dies: Ritualizing Grief + Joyを続け、個人や集団が悲嘆と喜びを儀式化することを、変化に耐えられる未来をつくる方法として扱っています。
06|そして2026年、「Generative Ghosts」が現れた
この流れの先に登場したのが、2026年のGenerative Ghosts: AI Afterlives & the Future of Memoryです。
Google DeepMindやUniversity of Colorado Boulderの研究者たちが議論したのは、個人のデータやオンライン上の痕跡をもとに、人間を想起させたり模倣したりするAIです。
SXSWの説明では、これを「Generative Ghosts」と呼んでいます。
重要なのは「どれだけ本人そっくりにつくれるか」だけではありません。
そうした存在と関わることが、私たちの記憶、悲嘆、同意、プライバシー、そして死者との関係をどう変えるのか。技術が可能になった後に残る、社会的・倫理的・感情的な問題の方が大きくなっています。
「死んだら関係が終わる」が、当たり前ではなくなる
ここまでを並べると、私は「AIで死者が蘇る」という未来より、別のことが気になります。
これまで、死はある意味では明確な境界でした。
亡くなった人を思い出すことはできる。でも、新しい言葉がその人から返ってくることはない。
AIは、その境界を曖昧にします。
ONE QUESTION
本人がいなくなった後も「関係」を続けられるようになったとき、私たちはいつ、誰と、どうやって別れるのだろう。
グリーフテックは、誰のための技術なのか
故人の声をどれだけ正確に再現できるか。
本人らしい返答をどれだけ生成できるか。
技術として見れば、その精度はこれから上がっていくでしょう。
でも、グリーフテックを考えるとき、評価する場所はそこではない気がしています。
PERSPECTIVE
グリーフテックの価値は、故人をどこまで精巧に残せるかではなく、遺された人がその後の現実を生きられるかで測るべきなのかもしれない。
忘れるためでも、永遠に手放さないためでもない。
失ったものとの関係を変えながら、それでもこちら側の時間を進めていく。
テクノロジーが死を超え始めたときに必要になるのは、「死なないデジタル人格」をつくることよりも、人間がきちんと喪失できる技術なのかもしれません。
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文:宮川麻衣子 / Director of SXSW Japan / Futurist
2026年9月公開



