FUTURIST’S VIEW|JAPAN STARTUPS AT SXSW
私は2012年からSXSWに通い、Todai To Texasが始まった頃から、日本の学生や研究者が「まだ途中のもの」をオースティンへ持っていく姿をそばで見てきました。
今振り返れば、AgIC、Moff、exiii、BionicMなど、その後に会社や事業として成長した名前もあります。でも当時の現場で見えていたのは、「成功企業の候補」ではありませんでした。
まだ何になるのか分からない技術を、とにかく日本の外へ持ち出してみる。知らない人に触ってもらい、予想外の反応を受け取る。その繰り返しでした。

WHAT I SAW
Todai To Texasが残したものは、数社の「成功事例」だけではなく、未完成の技術を世界へ持ち出してみる習慣だったのではないか。
日本のスタートアップにとって、SXSWは何のための場所なのか。2014年から2026年までを振り返ると、完成した製品を海外で売るためだけではない使い方が見えてきます。
まだ会社にも製品にもなっていない技術を持ち込む。知らない国の人に触ってもらう。自分たちが重要だと思っていた課題が、海外でも同じように受け止められるのか確かめる。あるいは、まったく予想していなかった使い方や評価に出会う。
その歴史を語るうえで欠かせないのが、東京大学のTodai To Texas(TTT)です。TTTは2013年度に始まり、公式サイトによれば、これまでおよそ50のスタートアップやプロジェクトチームをテキサスへ送り出してきました。現在は休止中ですが、日本からSXSWへ挑戦する継続的な回路を長年つくってきた存在です。Todai To Texas公式サイト
1. 2014年、「完成前のもの」を世界に持っていく
Todai To Texasは、東京大学関連のスタートアップだけでなく、在学生・研究者による法人化前のプロジェクトや、起業を前提としたサイドプロジェクトまでSXSWへ送り出してきました。東京大学の現在の記録では、2014年にSkeletonics、AgIC、Moff、Axelspace、B.O.M.B/Powderbox、OpenPoolの6チームが参加しています。
重要なのは、当時のチームの多くが「海外展開の準備が整った企業」だったわけではないことです。まだ用途や市場が固まりきっていない技術を、多様な人が集まるSXSWへ持っていく。そこから反応を受け取り、自分たちの技術が別の文脈ではどう見えるかを知る。
完成してから世界へ行くのではなく、まだ途中のものを世界へ置いてみる。
PERSONAL HISTORY
私自身、2015年にSXSWへ参加したexiiiには、起業前の時期からプロボノで関わっていました。当時は、スタートアップがつくろうとしている技術の先に、どんな暮らしや社会があり得るのかを「未来像」として描いていました。
振り返ると、まだ存在しない事業を、その技術単体ではなく「その技術がある世界」から考えていたこの経験は、現在の未来予報につながる原点の一つでもあります。
2. Todai To Texasがつくった、10年を超える挑戦の回路
以下は、Todai To Texasを中心に、日本からSXSWへ挑戦するルートがどう広がっていったかを並べたタイムラインです。左側はTTT/東京大学の系譜、右側はAward、JETRO、SXSW Pitchなど、TTT以外にも広がっていった挑戦を示しています。
TODAI TO TEXAS / TODAI TO X
SXSWで広がった日本からの挑戦
TODAI TO TEXAS → TODAI TO X
TODAI TO TEXAS / TODAI TO X
最初の大きなSXSW参加
Skeletonics / AgIC / Moff / Axelspace / B.O.M.B・Powderbox / OpenPool。まだ市場が固まっていない技術やプロトタイプがSXSWへ。
2014
SXSW / JAPAN
完成前のものを世界へ
展示そのものが目的というより、異なる産業や文化の人に触れてもらい、反応を見る使い方が前面に出た時期。
TODAI TO TEXAS / TODAI TO X
10チームへ拡大
Phenox2 / exiii / SenSprout / Pixie Dust / RE:SOUND BOTTLE / Trickey / AgIC / Moff / PLEN2 / BOCCO。
2015
SXSW / JAPAN
Award / Acceleratorへの挑戦
Lyric Speakerを手がけたSIXがSXSW AcceleratorでBootstrap Awardを受賞。展示とは別の評価ルートも見え始める。
TODAI TO TEXAS / TODAI TO X
ウェアラブル・水・医療へ
Xenoma / HOTARU / OTOPOT / phonvert / BUBBLY / Ubisnap / AIMedical / Smile Explorer。
2016
SXSW / JAPAN
技術領域が拡張
大学発・研究発の技術を、既存の業界分類に閉じずに見せるSXSWとの相性がはっきりしていく。
TODAI TO TEXAS / TODAI TO X
BionicMを含む8チーム
BionicM / Stacha / Groove / NeuroVoice / Peegar / JST ERATO Kawahara / +move / Neko Electro。
2017
SXSW / JAPAN
BionicMがStudent Innovation受賞
ロボット義足「BionicM – Powering Mobility for All」がSXSW Interactive Innovation AwardsのStudent Innovation部門を受賞。
TODAI TO TEXAS / TODAI TO X
7チームが参加
Archileon / asEars / Branch Connect / Nature Architects / Ninja Drone / sigboost / Lunavity。
2018
SXSW / JAPAN
身体・空間・素材へ
スタートアップだけでなく、研究プロジェクトや身体拡張など、SXSWらしい境界領域の挑戦が続く。
TODAI TO TEXAS / TODAI TO X
TTTから7チーム
Loraine / Mantra / LevioPole / jellysurf / GRA&GREEN / OUTSENSE / Eagle 3D Photonics。
2019
SXSW / JAPAN
JETROとStroly
JETROはJapan Pavilionに日本のスタートアップ10社を出展。StrolyはSXSW Pitch 2019で唯一の日系ファイナリストに選出。
TODAI TO TEXAS / TODAI TO X
中止とオンライン
2020年は6チームが選出されたもののSXSW自体が中止。2021年はEVERSTEELなど6チームがSXSW Onlineへ。
2020–21
SXSW / JAPAN
オースティンへ行けない2年間
SXSWが街に集まるイベントであることの意味が、逆に浮かび上がった断絶期。
TODAI TO TEXAS / TODAI TO X
TTTの外からも直接Pitchへ
この時期には、SXSWへの挑戦ルートは大学派遣だけではなくなっていく。
2022
SXSW / JAPAN
I’mbesideyou
Future of Work部門でSXSW Pitch 2022ファイナリスト。日本企業から唯一の選出と同社が発表。
TODAI TO TEXAS / TODAI TO X
Todai To Texas with 100
Smart Goal / Shunkei / NetBall / HapReel / DubGuild。Exhibition出展を目的とせず、100時間の開発・プロトタイプ制作と並行してSXSWを経験する形へ。
2024
SXSW / JAPAN
「出展する」だけではなくなる
SXSWそのものを、視野を広げる・次の挑戦を見つける経験として使うプログラムへ変化。
TODAI TO TEXAS / TODAI TO X
Todai To Xへ
Todai To Texasから派生したTodai To Xは、SXSW PitchやY Combinatorなど、チームごとに次の挑戦先を設定する仕組みへ。
2025
SXSW / JAPAN
MyEndoscope
携帯型内視鏡トレーニングシステムを開発するMyEndoscopeがSXSW PitchのStudent Startup Finalistとして登壇。
TODAI TO TEXAS
TTTは休止中
Todai To Texas公式サイトはCurrently on hiatusと案内し、TTT2026(SXSW 2026派遣)の募集は行わないとしています。
2026
SXSW PITCH / MARKET TEST
CleanK / inprog
SXSW Pitch公式リストでAlternateに選出。現地対話から、トイレ清掃の人手不足が日本固有ではなく米国にも共通する課題だと確認。
このタイムラインで見えるのは、TTTが途中で消えたということではありません。TTTが最初に一本の道をつくり、その周囲にAward、行政支援、SXSW Pitchへの直接応募など、別の道が増えていったという変化です。
FUTURIST’S NOTE
ずっと同じ場所を見ているから、参加者の変化だけでなく「日本側がSXSWに何を求めるか」の変化も見えてきます。
初期のTTTには、「これを海外で売りたい」というより、「これを外へ出したら、世界はどう反応するだろう」という空気が強くありました。プロトタイプそのものが会話の入口になり、予定していなかった人や領域と接続していく。その未完成さが、むしろSXSWにはよく合っていました。
その後、日本からの参加が増えるにつれて、海外PR、資金調達、Pitch、事業開発、市場検証と目的は明確になっていきました。これは成熟でもあります。一方で、目的を決めすぎると、SXSWでしか起こらない偶然を取りこぼすこともあります。
TTTの初期から見続けてきた私が今も残したいのは、「何を獲得するか」だけでなく、「外に置いたとき、自分たちの技術や前提がどう見え直すか」を確かめる使い方です。
3. BionicM――展示から「世界の評価軸に置く」へ
TTTの歴史のなかでも、象徴的な事例の一つがBionicMです。2017年、BionicMのロボット義足「BionicM – Powering Mobility for All」は、SXSW Interactive Innovation AwardsのStudent Innovation部門を受賞しました。SXSW公式にも受賞プロジェクトとして記録されています。
ここで起きたのは、単に多くの来場者に見てもらうことだけではありません。研究段階の技術を、世界中から集まったプロジェクトと同じ評価軸の中へ置いてみることです。
ただし、SXSWへの参加と、その後の資金調達や事業成長を単純な因果で結びつけることはできません。このページでは「SXSWに出たから成功した」とは捉えず、その時点で何をSXSWへ持ち込み、その後どう展開したのかを見ていきます。
4. 展示だけではない。AwardとPitchへ
同じ時期、日本からSXSWへ挑戦する入口も増えていきました。2015年にはLyric Speakerを手がけたSIXがSXSW AcceleratorでBootstrap Awardを受賞。2019年には京都発のStrolyがSXSW PitchのEntertainment and Content部門ファイナリストに選出されています。
展示では、プロトタイプを触ってもらい、偶然の出会いを大量につくれます。Pitchでは、限られた時間で事業を説明し、専門家や投資家の評価にさらされます。同じSXSWでも、使い方はまったく同じではありません。
5. 2019年、個別の挑戦から「支援の仕組み」へ
2019年にはJETROがSXSW InteractiveでJapan Pavilionを展開し、日本のスタートアップ10社を出展させました。JETROの記録によれば、そのうち7社はJ-Startup選定企業でした。
この時期になると、日本からSXSWへ行くことは、大学のプロジェクトや個々のスタートアップの挑戦だけでなく、海外市場への展開を支援する政策・制度の一部にもなっていきます。
2014年のTTTが「まだ名前のついていないものを、とにかく外へ出してみる」色合いを強く持っていたとすれば、2019年頃には海外PR、市場開拓、Pitchといった目的がより明確になりました。
6. 2020〜21年、オースティンへ行けないSXSW
2020年、Todai To TexasではSyrinx、Grubin、Wearbo、Roboxer、HARVESTX、GenKan by KOSKAの6チームが選ばれていましたが、COVID-19の感染拡大によりSXSW自体が中止となりました。
2021年はSXSW Onlineとして開催され、EVERSTEEL、Soseki by Studio Ousia、Wearbo、Wi-Monitor、sigboost、AI Painting Projectの6チームがオンラインで参加しています。
これは単なる開催形式の変更ではありませんでした。異なる人が同じ街を歩き、予定外のものに出会うSXSWにとって、現地へ行けないこと自体が大きな断絶でした。
7. 2022〜2026年、「世界へ見せる」から「世界で仮説を確かめる」へ
2022年、オンラインコミュニケーション解析AIを開発するI’mbesideyouが、SXSW PitchのFuture of Work部門ファイナリストに選出されました。
2025年には、VRシミュレーションと専用コントローラーを組み合わせた内視鏡トレーニングシステムを開発するMyEndoscopeがStudent Startup Finalistとして登壇。東京大学のSXSW参加記録にも掲載されています。
2026年には、AIトイレ清掃ロボット「CleanK」を開発するinprogが、SXSW Pitch公式リストでAlternateに選出されました。現地で施設運営者や清掃関連事業者と対話した結果、採用難、教育コスト、清掃品質のばらつきといった課題が米国にも存在することを確認したと報告しています。
自分たちが日本で立てた課題設定が、別の国でも成立するのかを現地で確かめる。 SXSWが、市場仮説そのものを試す場所として使われていることが分かります。
8. Todai To Texasは、役割を終えたのか
現在、Todai To Texasの公式サイトには「Currently on hiatus」と表示され、TTT2026の募集も予定していないと案内されています。
一方、東京大学ではTTTから派生したTodai To X(TTX)が始まっています。TTXは、アイデア・技術・チームが揃った学生プロジェクトが、自分たちにとっての「次の挑戦」を設定し、SXSW PitchやY Combinatorなど国内外のコンテストやプログラムへの応募・採択を目指す仕組みです。
「SXSWへ連れていく」という一つの目的地から、そのプロジェクトにとって次に挑戦すべき場所を選ぶという形へ。これはTTTの価値が失われたというより、長年続けてきた実践が次の方法へ展開したものと見ることができます。

9. 12年間で、日本のスタートアップによるSXSWの使い方はどう変わったか
01|2014〜
プロトタイプを見せる
まだ市場や用途が定まっていない技術を、異なる文脈を持つ人たちの前へ置く。
02|2015〜
世界から評価を受ける
AwardやPitchに入り、世界のプロジェクトと同じ評価軸に自分たちを置いてみる。
03|2019〜
海外展開の仕組みとして使う
大学や個社だけでなく、公的支援や海外市場開拓の回路としてSXSWを活用する。
04|2022〜26
事業仮説を世界で検証する
日本で発見した課題や顧客仮説が、別の市場でも成立するのかを現地で確かめる。
SXSWは「成功する場所」ではなく、外に出してみる場所
SXSWへ行けば資金調達できる。海外メディアに取り上げられる。世界進出できる。そう単純なイベントではありません。
実際、SXSWに参加した後に大きく成長した企業もあれば、活動を終了したプロジェクトもあります。SXSWへの参加と、その後の成功を直接結びつけることはできません。
それでも、日本から多くのスタートアップや学生チームが、長い時間をかけてSXSWへ挑戦してきました。
その歴史を見ていると、SXSWの価値は「成功させてもらうこと」よりも、自分たちが作っているものを、一度日本の文脈の外へ出してみることにあるように見えます。
- まだ名前のない技術を見せてみる
- 違う産業の人に触ってもらう
- 投資家の前で事業として説明してみる
- 日本で見つけた課題が、海外でも課題なのか確かめる
- 予想していなかった反応を持ち帰る
MY PERSPECTIVE
完成してから世界へ行くのではなく、世界に置いてみることで、自分たちが何を作っているのかを知る。
私はTTTを、「SXSWで成功したスタートアップを生み出したプログラム」とだけ記憶したくありません。
開始の頃からそばで見てきて、一番大きかったと思うのは、学生や研究者が未完成のものを日本の外へ持ち出し、そこで受けた反応によって自分たちの技術を見直す。その経験を何年も積み重ねたことです。
会社になったチームも、研究を続けたチームも、活動を終えたチームもあります。その違いも含めて残しておくことに意味があります。
2014年から2026年まで、日本のスタートアップがSXSWを使ってきた歴史には、未来を完成品として持っていくのではなく、まだ形になりきっていない可能性を外の世界にさらしてみるという方法が何度も現れています。
SXSWで、自分たちの技術や事業仮説を外に出してみる
SXSWには、Expo、SXSW Pitch、Conference、Houseなど複数の参加方法があります。自社に合う方法を検討したい方は、SXSW Japanの参加・出展情報をご覧ください。
SOURCES
- Todai To Texas 公式サイト
- 東京大学 産学協創推進本部|Todai To Texas / Todai To X
- SXSW|2017 Interactive Innovation Awards Winners
- JETRO|J-Startup Program / SXSW Interactive 2019
- Stroly|SXSW Pitch 2019 Finalist
- I’mbesideyou|SXSW Pitch 2022 Finalist
- MyEndoscope|Student Startup Finalist
- CleanK|What We Learned at SXSW 2026
文・観測:宮川麻衣子/SXSW Japan Director・Futurist
2012年よりSXSWを継続観測。Todai To Texasの開始期から、日本の学生・研究者・スタートアップによるSXSWへの挑戦を現地で見続けてきました。

